移り変わりの著しい時代をすこやかにしなやかに生き抜くために。バランスのとれた真のウェルネスへ誘うべく、マインドフルネスをはじめ、美容、養生、生き方など、今すぐに役立つTIPSを様々なアプローチでご紹介します。
漢方家・杉本格朗さんに聞く 人生をもっと気持ち良くする 生薬の親しみ方
鎌倉市大船に1950年に創業した杉本薬局。3代目の杉本格朗さんは、身体はもちろん、誰もが感じるようなちょっとした心の悩みにも着目し、現代人のライフスタイルに合った漢方薬や養生法を発信しています。 杉本さんに心の不調と漢方の関係や、現在の活動についてお話を伺いました。
漢方は心にもアプローチする
ー杉本さんの漢方との出会い、漢方家に進まれたいきさつを教えてください。
祖父の代から続く漢方薬局の子供として生まれ、漢方で体調を整えることが当たり前の環境で育ちました。漢方の効果効能は実感していましたが、家業として継ぐつもりは全くなく、大学では現代美術や染色を専攻。卒業後も制作を続けて暮らしていたのですが、実家の手が足りなくなったことをきっかけに手伝うことになったんです。最初は裏方の経理だけのつもりでしたが、人手不足ともなるとそうも言っていられなくなり、祖父や父とつながりがあった先生が主催する勉強会に参加して漢方を学んでいきました。
学ぶ過程で大きな魅力に感じたのは、明確な答えがないということ。もちろん、漢方には五行説や陰陽説、気・血・水(津液)などといったロジックがあって、問診をして、舌や脈の状態から今の身体の状態を把握するメソッドはあるのですが、解決へと導き出すアプローチは一つではないんです。一見抽象的なようでいて、長い歴史と先人の知恵に裏付けられたしっかりとした理屈があるのが、自分が学んできた芸術の面白さにも通じていることに気づいてからは一気にのめり込みました。ある程度の経験を積んだ現在も、お客さんと会話を重ね、感情や思考パターンなどまで考慮して処方を考えるのがとてもエキサイティングで、一生学んでも学びきれない学問に出会ったと思っています。
ー具体的にはどのような診断をするのでしょうか?
漢方は身体だけでなく、心はもちろん取り巻く環境を含めた人全体を診るため、時間をかけた丁寧なカウンセリングを基本としています。初診の場合は30分~1時間かけて不調を感じはじめた時期やきっかけ、現在の体調について尋ね、次に、身体の状態や体質を判断するために、食欲、睡眠、疲れ、貧血、肩こり、むくみ、ストレス、小便や大便の状態など細かくお伺いします。そして舌の状態や脈を診て、その人にとって一番相性のいいと思われる漢方を提案します。自覚症状がはっきりと出る病であれば言語化もしやすいですが、実際は本人もよくわかっていないことも多いもの。会話を重ねる中で気づいていくことも多く、不調の内容を把握するということも体調改善のための大切な一歩と考えています。
ー漢方の考え方のベースはどのようなものなのでしょうか?
古代中国で生まれた陰陽五行説という自然哲学の思想がベースとなっています。先人たちはよく世界を観察し、太陽、月、惑星の動きなどから、経験や体験を通して、万物の性格や仕組み、流れを理解しようとしました。そして、「陰陽」、「木火土金水」という概念が生まれ、季節や体の各部位、臓器、感情、色などそれぞれが相互に関係し合うと考えました。その考えに、「風・寒・暑・湿・燥・火」といった六気、人間の生命エネルギーや体の動きを表す「気血水(津液)」、「怒・喜・思・憂・悲・恐・驚」の七情など、さまざまな指標と、その人の状態を合わせて総合的に判断していきます。余計なものを取りのぞいて、足りないものを補うことで、気や血や水の循環をよくさせることを基本としており、病気を治すのではなく、心身のバランスを整えることで健やかな状態に導いていくのが特徴です。文字にすると難しく伝わってしまうかもしれませんが、人や自然環境にまつわる多くの情報を整理して、無理なく必要なものを導き出すという筋道は腑に落ちやすく、とても気持ちが良いものです。迷信的なイメージを持たれる方もいらっしゃると思いますが、自然の摂理から学び、実験と失敗を繰り返しながら現代に継承されている学問と言えます。
漢方は生活の質を高めるツール
ー杉本さんの著書「こころ漢方」では、そのタイトル通り、心の在り方を軸に、西洋医療では病気と診断されない不調や未病への漢方ケアを提案されているのがとても魅力的でした。どのような思いから、そのような切り口を考えられたのでしょうか?
僕自身の体験からです。今よりも若かった頃、落ち込んだりイライラしたりと、自分の感情と上手に付き合うことができないことが多かったのですが、その際に漢方の力を借りて心を整え、日常のパフォーマンスを高めていました。体に不調があらわれれば病院に行くことができますが、心の不調を受け止めてくれる場所があるといい。もちろん心療内科や精神科も大事ですが、もう少し手前の、暮らしの中で気軽に心の悩みを相談できる場でありたいと思って、「こころ漢方」としました。現在、表参道の「eatrip soil」でも定期的に漢方相談を受けていますが、商店街に買い物に来たと思って、ついでにふらっと相談してほしいと思っています。こだわりの食材や調味料、雑貨と同じように、漢方は生活の質を高めてくれるものだと思っています。
ー現在は、生薬入りのコーラや飲食店の薬膳料理のプロデュース、漢方をテーマにしたホテルの監修を行うなど、幅広い活動をされています。今後チャレンジしてみたいことは有りますか?
これまで先人たちが知恵や技術を持ち寄り、研鑽した結果が今の漢方だと思うので、僕も次の世代に少しでもアップデートした状態で引き渡せるよう、従来の漢方のイメージに留まらない活動をしていきたいと思っています。最近では地方創生の取り組みの一つとして生薬の栽培や商品開発のご相談を受けることも多く、おかげさまでご縁がつながったり、まだまだ学ぶことがたくさんあったりと漢方の奥深さに改めて魅了されています。現在は海外でのイベントはストップしてしまっていますが、東洋文化に根ざした医学として世界に漢方を広げていきたいですし、世界の自然医療、伝統医療にも触れていきたいです。また、『こころ漢方』に次ぐ新たな書籍も書きたいなと思っています。
ーこれから漢方に触れてみたいと考える方にアドバイスをお願いします。
漢方薬は敷居が高く、長く服用しないと効果がないなどと思われている方も多いかもしれませんが、自分にとって相性の良い漢方を選べば、早く効果を実感できる場合も多々あります。不調を抱えている方はもちろん、人生をもっと楽しく気持ち良く送りたいと願う方にとって、最適なツールではないかと思っています。 漢方家というとストイックな生活を送っているように思われがちなのですが、僕自身これから先も楽しく、たまには不摂生できるよう、日頃から養生を心がけているという感じなんですよ(笑)。養生の漢方薬の方が価格的にも続けやすいと思うので、是非気軽な気持ちで相談に来てくださいね。
ー後編では、杉本さんが日々実践している養生法についてお伺いします。
杉本格朗(杉本薬局)/漢方家
鎌倉市大船で1950年の創業以来、一人ひとりの体質に合った漢方薬や自然薬を提案している杉本薬局の3代目。大学では染色や現代美術を学び、2008年に実家の杉本薬局に入社。2021年には表参道GYRE4Fのeatrip soil内に出張相談所「杉本漢方堂 Soil」を設立。漢方の伝統と奥深さに触れ、店頭での漢方相談を主軸に、生薬の薬効、色、香りを研究し、漢方の視点から暮らしを豊かにする活動をライフワークとしている。
漢方監修:G20大阪サミット「配偶者プログラム」,温泉宿「SOKI ATAMI」 ほか
著書:『こころ漢方』(山と渓谷社)
杉本薬局
住所:神奈川県鎌倉市大船1-25-37
TEL:0467-46-2454
営業時間:10:00~18:30
定休日:木曜・日曜・祝日・年末年始
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Text_ Yuko Homma
Editorial Direction_ Little Lights