移り変わりの著しい時代をすこやかにしなやかに生き抜くために。バランスのとれた真のウェルネスへ誘うべく、マインドフルネスをはじめ、美容、養生、生き方など、今すぐに役立つTIPSを様々なアプローチでご紹介します。
鈴木純子さんに聞く 自然派ワインの魅力(前編)
食やライフスタイル全般におけるブランディングやコミュニケーションを手掛け、ワインに造詣の深いことでも知られるアタッシェ・ドゥ・プレス鈴木純子さん。最近ではオンラインショップ「bulbul(ブルブル)」をオープン、ヒト・モノに潜むストーリーとともに自然派ワインを紹介しています。長年にわたりフランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ってきた鈴木さんに、自然派ワインの魅力と、「bulbul」を通じて伝えたい想いを伺いました。
人生を変えた
一杯のワイン
家電メーカーのプレスとして働いていた当時、ブランドのクリエイティブ・ディレクターだったインテンショナリーズ 鄭秀和さんは無類のワイン好き。有難いことにだいぶ背伸びしたワインを、たくさん飲ませてもらいました。
そんなある日のシャンパーニュが、今まで親しんできたものの延長線上にはない不思議な味わいで、美味しいと感じるよりも驚きの方が勝ってしまったんです。本能が揺さぶられるような衝撃を受け、「このワインのことが知りたい!」という探究心がわいたんです。それは、アンリ・ジローの「フュ・ド・シェーヌ」… 所謂レコルタン・マニピュラン(※)ものの、熟成したシャンパーニュでした。
当時の私は知識も経験もなく、ワイン造りが葡萄栽培から醸造までを一貫した造り手が行っているもの、と思っていました。ところが、アンリ・ジローとの出会いで、必ずしもそうではないことを知り、「せっかくなら小規模生産者の手掛けるワインをもっと味わってみたい」という想いで、酒屋さんが開催する小規模の試飲会にも行くようになり、そこで自然派ワインに出会いました。
もう18年も前になりますが、今まで受け身で楽しんでいたワインとの付き合い方が、能動的なものへと切り替わった瞬間でした。
※シャンパーニュ地方でブドウ栽培から醸造まで自社で一貫して行う、小規模経営の職人的な栽培醸造家の総称。
ーその後自然派ワインに親しむようになって、本能が揺さぶられた理由はわかりましたか?
グラス一杯のワインに、造り手の思想やその土地が“スケッチ”されているのが感じられたからだと思います。一般的なワインは、安定して広く流通できるようにすることが目的のひとつ。対して自然派ワインは、年ごとに異なるテロワールをできるだけ忠実に“スケッチ”することを目的に、自分の目の届く規模の畑で精魂込めて葡萄を手仕事で栽培し、なおかつ醸造に至るまでの工程をすべて一貫して手がける、小規模生産者です。
基本的に何も足さない、引かない造りだからこそ、葡萄が栽培された畑の個性そのものを表現した味わいが生まれ、造り手のセンスや想いが反映されたユニークなエチケットも相まって、ワイン一杯に五感を刺激してくれる力が備わるのだと思います。
その後、来日した造り手の会に参加して、彼らと話をするうちに自身の目で確かめたいと思うようになり、2012年よりライフワークの生産者訪問がスタートしました。
ー自然派ワインの造り手に接して、どのようなことを感じましたか?
造り手との出会い、そして生産者を訪問する経験は私の生き方を大きく変えました。日々厳しい自然と対峙し、年々大きくなる気候変動リスクに寄り添う彼ら。そんな大変な仕事にも関わらず彼らは自然体で軽やか、人生を謳歌していました。
例えば「山向こうの畑に農耕馬と行くには片道2時間くらいかかるから、お昼は“ピクニック”にするの」と笑顔で言われたとき、仕事中ならば“ランチ”と表現するところを、“ピクニック”という言葉を選んだことに、自身で選択したとはいえ大変な仕事を、彼らが心から楽しんでいることを直感し、その豊かなライフスタイルに感動して思わず泣いてしまったことも(笑)。
一つ一つの仕事に嘘がなく、大変なことも心の底から楽しんで自身の使命を全うしようとしている姿勢に、本当の豊かさとは何かを考えさせられました。そんな時間を共有するごとに、東京にいてフリーランスのPRとして日々仕事に追われる自身が、本当に豊かなのだろうか、と自問するようになりました。豊かさとは何なのかと考えるうちに、いつしか価値観も変わりました。
以降は彼らにもっと寄り添いたい、と彼らの母国語であるフランス語を勉強し、生産者を訪ねるのがライフワークに。彼らにとっても、ワインの仕事に就いてない日本人女性が、「あなたのワインが好きなんです」という想いだけで訪ね、徐々にフランス語でコミュニケーションが取れるようになってきたことで、私の覚悟を受け止めてくれ、いまではファミリーのように迎え入れてくれる関係となったのだろうと思います。
自然な農法は
未来のための選択肢
自然派ワインって日本では最先端カルチャーにカテゴライズされていますが、長いワインの歴史があるフランスでは、サブカル・カウンターカルチャー的存在なんです。化学農法の畑だと次の世代に引き継げないから、自然と対峙する自然な農法を敢えて選んだ人たち。自然派ワインが美味しいのは結果であって、造り手は「美味しさのために自然な農法を選択している」とは言わない。すべては未来のために、なんです。彼らの生き方はまさにサステナブルを体現しています。
また、自分たちが異端の存在であることを自覚しているからこそ、多様性を認める大切さを知っているし、一度打ち解けると惜しみない愛情を注いでくれる。彼らは私の人生をより豊かなにしてくれた存在だと、感謝しています。
ー現在はワインとおつまみを月ごとにお届けする、スロウスタイルのオンラインワインショップ「bulbul」も運営されていますが、どのような想いからスタートしたのですか?
彼らはいつも、イチ飲み手である私に見返りを求めることなく、たくさんのことを与えてくれます。対して私が返せることはあまりにも少ない。彼らと共にする時間は豊かな時間ですが、同時に訪問するたびに少しずつ苦しくなっていきました。
「どうすれば恩返しできるだろう」と長年考えた結果、PRやブランディング業を行う日々のなかで消去法として選んだのが、オンラインのワインショップでした。「bulbul」はヒヨドリを意味し、果実を食べて飛んで種を運ぶ鳥のように、食やワイン、プロダクトなど、造り手の想いが感じられるものと世の中を繋げていくことを目指し、そう名付けました。なぜなら自然派ワインは友達付き合いのように点でなく、線で楽しむ飲みものだと信じているから。
造り手の想いはもちろん、ワインを取り巻く豊かな時間をお届けすべく、セレクトしたワイン5本程度と”おつまみ”をセットにしてお届けする、スロウスタイルを選びました。コロナ禍でフランス訪問はペンディング中のなか、日本の造り手との新たな出会いも生まれ、自然派ワインに初めて触れた頃のような新鮮な気持ちでいます。 今年の3月には北海道・空知の造り手たちを訪問、KONDOヴィンヤードの近藤拓身さんに「世界を変えることは大変ですが、自分の周りの世界を変えることは頑張ればできます」という言葉をかけていただき、国境に関係なくそんな考えの造り手の生み出したものと世の中を繋ぐ存在になれたら、と改めて強く思いました。
ーこれから自然派ワインを楽しんでみたいという方に、オススメの造り手を教えてください。
比較的手に入りやすく、そして自然派ワインの真髄ともいえるテロワールの違いを楽しめるという意味で、親友でもあるアレクサンドル・バンのワインはおすすめです。ソーヴニオン・ブランという1品種で、畑ごとの7つのテロワールを見事に描きわけているので、ぜひ飲み比べてほしいですね。
造り手が教えてくれたように自然派ワインは社会の潤滑油であり、楽しい時間をドライブしてくれる存在。造り手に想いを馳せ、五感を使って体に染み込ませ、自然派ワインが繋げてくれる広く豊かな世界をぜひ体感してみてください。
豊かな味わいと造り手の想いが掛け合わさることで、五感を刺激し、人生に彩りをもたらしてくれる自然派ワイン。後編では、鈴木さん自身が自然派ワインの知識を深めるために役立ったという、本や映画をご紹介します。
鈴木純子/アタッシェ・ドゥ・プレス、「bulbul(ブルブル)」 店主
食やライフスタイルの分野でPR・ブランディングの活動を行う一方で、自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとし、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリストのサポートなどを行う。ワインとおつまみを月ごとにお届けする、スロウスタイルのオンラインワインショップ「bulbul」も運営する。
6月26日(土)には、南仏ルーション地方の造り手をゲストに、彼らの作品である自然派ワインを楽しみながら学ぶオンラインワイン講座を開催。
Instagram @suzujun_ark
Instagram @bulbul_du_vin
Text_ Yuko Homma
Editorial Direction_ Little Lights