物を買う、発言する。そんな私たちの小さなアクションが社会を動かしていきます。まずは、身の回りや世界にはびこる社会問題に目を向け意識を変えることから。様々な執筆家を迎え、それぞれの気づきから考えを促します。
「むなしさに襲われたパリコレを経て今。『サステナビリティ・ディレクター』って何をするの?」WWDJAPAN向千鶴
現在、環境汚染産業No.2であるファッション。暮らしに根づきながら芸術や文化と密接に関わり、国をまたいで人々の暮らしを支えるこの大きな産業には、最先端でリベラルな考えを元に広がる世界と並行して保守的な世界が存在する。はびこる矛盾を社会システムの力で解決に導こうと立ち上がったのが、WWDJAPAN元編集長の向千鶴さん。ファッションへの愛とクリエイションの素晴らしさを糧に作り出すサステナビリティの方法論に、明るい未来を感じずにいられない。
5年くらい前、パリコレ会場を出たところでふと強烈なむなしさに襲われた。1時間刻みで進行するスケジュールに間に合わせるには小走りを続けたいが足が重い。ファッションデザイナーの仕事を見るのが大好きで海外のコレクションに通って約15年。“好き”であることは変わりなかったが消耗していた。
「私の仕事は世の中の役に立っているのだろうか?」。2010年代に入ってからずっとそんな疑問が心の片隅にあった。始まりは2011年3月にデザイナーのジョン・ガリアーノが人種差別発言問題で「ディオール」から去ったときだと思う。ビジネスが絶好調の一方で、1年中何かしらのコレクションを発表していたジョンは「忙しすぎて少し参っていた」と噂されたが、きっと事実だったと思う。「ディオール」に限らず、ラグジュアリー・デザイナーズブランドの多くは2000年代以降、デジタル化の波に乗りグローバルにビジネスを拡大し続け、それゆえ話題を提供し、消費者の欲望を喚起し続ける必要があった。そのスピードと量は年を追うごとに加速し、追いかけるメディアやバイヤーも走り続ける。時々自分は回る遊具で走るモルモットみたいだと思ったが、限界が近づいていた。ジョンの「ディオール」からの退場は、そのサイクルの破綻の始まりだったと思う。
そして、2013年にはラナ・プラザ崩壊事故が起きる。多くの犠牲者を出したバングラデシュの縫製工場で作られていたのは世界中で販売されているファストファッションブランドだった。また、2018年にはバーバリーが年間の売れ残り商品42億円相当を焼却処分していた事実が明らかになり、批判を浴びる。この件ではバーバリーが矢面に立ったが、ブランド価値維持のために売れ残りをセールにかけずに焼却処分するのは多くのブランドが採用していた“常識”であり慣習だった。
これまで目を向けていなかった不都合な事実がSNSを通じて次々と明らかになってゆく。それはもちろん、パリコレに限った話ではない。日本でもセール前提の価格がついた洋服が大量生産され、大量廃棄を生んでいる。それは今も解決されていない。
あのとき。パリの街角でふとむなしくなった時は、自分と自分が所属する産業が人と環境に与えてきたマイナスのインパクトをようやく自覚し、自分が加害者のひとりだとはっきり自覚したからだと思う。むなしさの正体を言葉にすれば、「ファッションは素晴らしいもののはずなのに。デザイナーたちを応援したいのに。私何をやっているんだろう?」だ。
と、前置きが随分と長くなったが、本題はタイトルにもある「サステナビリティ・ディレクターって何をするの?」である。今年4月に私は会社に希望を出し「WWDJAPAN」にサステナビリティ・ディレクターという肩書を作り、自分で就任した。まだそれを名乗っているメディア関係者はほとんどおらず「何をするの?」と聞かれることが多いが、その答えは「ファッションとそれを生業とする人たちがこの先も輝けるように、業界全体をサステナビリティの方向へシフトする、その一助となる」である。極めて真面目!だと自分でも思うが本気だ。なぜなら15年前と変わらず、新しいクリエイションを見たいと切に思うから。
私は才能あるデザイナーやクリエイターの仕事を見るのが大好きだ。デザイナーたちがビジネスのプレッシャーを背負いつつ、社会と人を見てその欲望を理解し、自身のアイデンティティと掛け合わせて心を掻き立てる服やバッグやジュエリーをデザインする。それをファッションショーというほんの10数分のステージで表現する。なんてエキサイティングなことだろう!と思う。ファッションはアートではなくビジネスだから面白いとも思う。多くの人がまだ自覚していない価値や世界を、針と糸で救い上げて服という形にしてゆく。そんなデザイナーの才能に出会うと無条件で夢中になるし、世の中にそれを伝えたい衝動に駆られる。
ファッションは欲望、欲求の化身だ。というか、人間の原動力はたいがい自分のための欲望ではないだろうか?ただ欲望の種類はコロナで大きく変わったと思う。「モテたい」「金持ちになりたい」といった従来型の欲望も健在だが、コロナを経験した人の多くはそれより「もっと自分を大切にしたい」「健康でありたい」「家族と過ごす時間を大切にしたい」と望んでいる。そして、子どもたちの未来を脅かす気候変動問題や、自分自身と家族の健康と密接な廃棄物の問題などへも目が行くようになっている。自分たちの欲望はサステナビリティを重視した社会の実現なしには手に入らないことを多くの人が今は気がついている。遅すぎる気づきは人間のエゴと言えばそれまでだが、気づくことができたのだから動くしかない。今から間に合わせるために、本気で環境問題に取り組みたいと思っている人の渦が大きくなり始めている
これからのファッション産業は、こういった新しい欲望に応えるため、モノづくりの発想を根本から塗り替えてゆく必要がある。次々新商品を投入するのではなく、いかに服を長持ちさせつつ経済をまわしてゆくか?実に難題だ。どうしたらヴァージン素材を使わずに作れるのか?どうしたら水を汚さず、電力を使わず、端切れを出さず、作れるのか?無駄の少ないパターンとは?回収してリサイクルをする方法とは?生産に携わる綿花畑や牧場、縫製工場で働く人たちに利益を還元する工程を踏んでいるか?多くの業界人にとっても知らないことだらけだ。ましてやサステナビリティを前提とするクリエイターにとってはこれまでにない制約の嵐だ。
だが制約こそクリエイションの原動力であると私は信じている。私が信じるまでもなく歴史を見ればそれは明らかだ。そして最近はそこに果敢に挑戦するニュースが続々届いている。キノコに菌糸を使った人工レザーの登場などがそうだ。化学から生まれる新素材を使ったライダースジャケットだなんてワクワクする!この新しい制約をデザイナーたちがどう扱い、新しい価値を生み出してゆくのか、私は業界の一員として学び、伝え、見守りたい。
向千鶴/「WWDJAPAN」編集統括兼サステナビリティ・ディレクター
横浜出身。東京女子大学卒業後、デニムブランドのエドウインに入社。営業部で4年半営業職を務めた後、日本繊維新聞社編集局などを経て 2000 年にINFASパブリケーションズに入社。主にデザイナーブランドの取材を担当し、「FASHION NEWS」編集長、「WWD JAPAN」編集長を経て、2021年4月より現職に就任。「毎日ファッション大賞」選考委員、「インターナショナル・ウールマーク・プライズ」のアドバイザリー・カウンシルなども務める。自身のファッションポリシーは、「好きを第一優先」、コロナ禍で生まれた新たな習慣は観葉植物で家がジャングルになりつつある。
Instagram @chizurumuko